日本経済新聞 2019年4月11日

 文化欄

生保と作曲「二刀流」の星

  ◇20世紀前半に活躍、米国人アイブズの足跡追う◇

                                                                        山内 恒人 慶応大特任教授

 

 私は生命保険業界に長年身を置き、商品の企画立案やリスク分析などを手掛ける「アクチュアリー(保険数理の専門家)」として仕事をしてきた。その過程で、生保代理店の経営者として辣腕を振るいつつ300.曲近い作品を残した米国人作曲家、チャールズ・アイヴズ(1874~1954年)の存在を知った。

 生保と音楽。全く違う分野の仕事を高いレベルで両立し、47年にはピュリツァー賞(音楽部門)を受賞した。ただ日本では最近までその名が忘れられていた。私は彼の人生と仕事について、30年近くにわたって調べ続けてきた。

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 難解で独創的な作風

 3月13日、東京都三鷹市の三鷹市芸術文化センター。アイヴズの「バイオリンとピアノのためのソナタ」全4曲を収めるアルバムの録音が実現した。バイオリンは甲斐史子さん、ピアノが大須賀かおりさん。約20年デュオを組む実力派だ。

 そんな彼女たちでさえアイヴズの曲は極めて難解だといい、大須賀さんいわく「音の数が尋常じゃない」。つまり大衆的な音楽とはほど遠い作風なのだが、その独創性は卓越している。

 私がアイヴズを本格的に調べ始めたのは、生保業界に入った後の1980年代。もともとクラシックが好きで、高校から大学にかけて片山杜秀氏(現慶応大学教授)、長木誠司氏(現東京大教授)らと音楽鑑賞・批評サークルで活動した。

 そんな私に、レコード会社から「生保と音楽を両立させたアイヴズという作曲家に興味はないか」と声がかかった。ピアニストのローデン千恵さんがピアノ・ソナタを録音する企画の解説執筆だった。当時私はこの作曲家についてはあまり知らなかったが、生保と音楽という境遇が自分と重なった。興味をもって調べ始めたところ、従来の資料の記述が不正確であることがわかった。

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 提案営業の生みの親

 アイヴズは作曲家を志し、名門エール大学で作曲を学んだ。しかし音楽を生活の糧にすることは考えず、大手生保会社での勤務を経て、1909年に保険代理店「アイヴズ&マイリック」を設立。「マイリック」とは相棒で、彼との二人三脚によって、この会社を米国最大の売上高の代理店に育てた。

 アイヴズは生保の仕事で独創性を発揮した。顧客の立場に立って最も理想的な商品を提案する「ニード・セールス」という営業手法を考案し、自ら実践したのである。この方法は今でこそ一般的だが、当時は画期的。生保業界の基盤を築いたといってもいい。

一方、作曲家としては独特の感性で作品を生み出した。多産だったのは10年代だが、このころはラフマニノフやマーラーなど後期ロマン派と言われる作曲家の時代。だが彼らとは一線を画した。

 美しい旋律を書いたかと思えば、現代音楽のような不規則なリズムも駆使するなど、作風は実に多彩だった。300弱ある曲のうち歌曲が100曲以上と最も多いが、6曲ともいわれる交響曲、管弦楽曲なども手掛けた。自らピアノを弾いた自曲集もある。

 黒人霊歌や賛美歌といった米国音楽の引用も多いが、自分の作品が大衆に受け入れられるような素直な作曲はしなかった。「生保の仕事をしていた人」と感じさせるような曲は全くない。彼は生保と音楽を完全に切り離していた。

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 バーンスタインが評価

 56歳だった30年に健康上の理由で仕事を引退するまではほぼ「生保の人」。晩年の10年ほどが音楽に集中できた期間だった。没後の70年代に彼の曲を世に知らしめた一人が、作曲家・指揮者のバーンスタインだ。スター指揮者が評価したことでその存在に光が当たり、小澤征爾さんが指揮するボストン交響楽団が「交響曲第4番」を録音するほどになった。

 私も保険業界を引退し、今は大学で保険数理を教える立場になった。そのかたわらアイヴズ研究を続けている。

甲斐さんらのアルバムは今秋にも発売される。その解説は保険学の権威で音楽にも造詣が深い米山高生さんにお願いした。また昨年NHK交響楽団が彼の曲を演奏するなど、日本でもこの独創的な作曲家の名が知られる機運は高まっている。生保との意外な「二刀流」を貫いた作曲家アイヴズ。彼が残した音楽を多くの人に聴いてほしい。