楽曲解説:ヴァイオリンとピアノのための4つのソナタ
                                                                                                                                      米山高生(保険史研究家)
                                                                                                                                      夏田昌和(作曲家)

 アイヴズは、ヴァイオリンとピアノのためのソナタを生涯で5曲書いている。(この他に、交響曲「ニューイングランドの祝日」から作曲家自身がヴァイオリンとピアノのために編曲した楽章(Decoration Day)と、後日カークパトリックがこの編成のために抜粋・編集した二つの楽章を総称して「ソナタ第5番」と呼ぶこともあるが、全体が作曲家のオリジナル作品ではなく、アイヴズ協会の作品リストにも記載されていないため本稿では除外している。) 第2期に当たる時期に残したソナタは、「プリファースト・ヴァイオリンソナタ」などと呼ばれている。残りの4曲は、独立して個々に作られたというよりも、第3期から第4期にかけて他の作品とも並行しながら作られたといっても過言ではない。アイヴズはエール大学を卒業後、数多くのスケッチを書き溜めたが、それらをすぐに発展させて作曲を行わずに、そのままにしておく癖があった。これらのスケッチを利用して後年完成されたのが4曲のヴァイオリンとピアノのためのソナタである。

 このような作曲プロセスを考えると、この4作品は、「ヴァイオリンとピアノのための“4 つの”ソナタ」として、一体としてとらえることが大事かもしれない。アイヴズは、ヴァイオリンとピアノのソナタを作曲するにあたってメタレヴェルの構想を持っていたのではないかと思われる。そう考えると、4曲全てを演奏する際には、番号通りの順にするのが正しいのかもしれない。各曲を個別に演奏したとしても勿論何ら問題はないが、作品群を一体のものとして聴くためには、4曲を順番通りにというのが作曲者の意図に最もかなっているのではないだろうか。
 初めてアイヴズの音楽に接する方には、必ずしもすぐに親しめる楽章ばかりではないかもしれない。そこで曲目についてここで簡単な解説をすることにより、アイヴズの森の中で迷わないための道案内とさせていただく。
 この「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」4曲は、全て3楽章構成をとっており、全体として均衡のとれたまとまりを示している。3つの楽章の配置は、1番と4番が、古典的なソナタに倣った「急緩急」で、緩徐楽章を中に挟む構成であるのに対し、2番と3 番は共にラグタイム風の速いテンポによる中間楽章を持っており、終楽章にゆったりとしたテンポの音楽が置かれている。内容の上では、1番は交響曲第4番と、4番は交響曲第3番と素材の引用において密接な関係にある54。各楽章に標題がついているのは2番だけだが、4番には曲全体に副題が添えられている。曲の規模としては1番と3番が長く、ともに聖歌の長い引用を伴っている。これに対して2番と4番は比較的短いため、4曲を通して演奏すると、前半の2曲と後半の2曲の「重さ」は均衡がとれているように見える。

◇ 第1番
 第1楽章は足音の刻み(「始まり」や「進むこと」を暗示しているのだろうか?)を思わせるモティーフが印象的で穏やかな導入部と終結部の間に、急速で活発な主部が置かれている。主部では、導入部と同じモティーフより派生した男性的な第1主題と、より抒情的だったり舞曲風だったりする第2主題が提示・展開されるものの、その道行きは古典的なソナタ形式には収まらない自由なものである。
 続く第2楽章は、ゆったりとしたテンポと当時としては異様なほど錯綜したポリリズムによって書かれながら、内容としては南北戦争の悲しみを追体験する楽章である。アイヴズは、音楽によって人間の喜怒哀楽を煽るようなロマン派の音楽の方向に反対し、そこに西洋音楽の行き詰まりを見た。リヒャルト・シュトラウスの音楽を批判したのは、まさにこの点であった。この第2楽章はアイヴズのひとつの回答かもしれない。この音楽は、南北戦争の悲哀を音楽で煽るのではなく、主観的に追体験するものであり、植民者が二つに分かれて戦って北軍が勝利したという歴史的な事実をささえた人々の思いを主観的に「描写」した音楽といえる。最後に次の楽章の予告編がいきなり響き、マーラーの音楽を彷彿させるのは面白い。
 最終楽章は引用を織り込みながら、アイヴズとしては古典的にまとめ上げられているが、第2楽章と同様にこの楽章でも多くの部分で、様々なヘミオラによる複雑なリズムの層が重ね合わされている。冒頭のピアノ・ソロで勝利を誇るかのように高らかに提示され、その後ヴァイオリンへと引き継がれる4/4拍子の主要主題(第2楽章の最後で予告されたもの)と、6/8拍子でなだらかな起伏を持つ副次主題の二つを軸に、音楽は緊密に展開していく。主要主題は「Work for the night is coming」、副次主題は <Watchman, tell us of the night>という、いずれも ローウェル・メイソン作のアメリカ賛美歌からとられたものである。後者のほぼ全体も、楽章の中央付近で静かに印象的に引用される(楽譜には歌詞も添えられている)が、この賛美歌は後に、交響曲第4番でも重要な役割を果たすことになる。
 (注記:下線部はCD「楽曲解説」の改訂箇所を示す。)

◇ 第2番
 第2番は各楽章に標題がつけられている。第1楽章は「秋」。「秋の夜長を鳴きとおす」というような日本的な秋ではなく、豊穣の秋と冬に備えた秋。そしてニューイングランドで野外伝道集会が行われている秋。曲は遅いテンポの中、ショーソンのコンセールの冒頭を想起させるピアノ低音部の重々しいユニゾンで始まるが、このテーマ(A)は実は第1番第1楽章冒頭の「足音の刻み」モティーフおよび第1主題と全く同じ旋律である。このように同一の素材が近接して書かれた複数の楽曲に用いられるのも、マーラーの流儀に通じるものがあると言えよう。この短い導入部の直後に、テンポを大幅に上げてシンコペーションが印象的で軽快なもう一つの主題(B)が登場する。楽章前半はこの対照的な二つのテーマA, Bと緩急二つのテンポが交替する形で進み、中盤から後半にかけては二つの主題は次第に一体のものとして重ね合わされていく。
 第2楽章「納屋の中で」では、野外の宗教的な盛り上がりとは異なる人間同士の親密な交流が、ヒューマニスティックに描かれていて楽しい。ラグタイムのリズムを基調にしつつ、アニメ「ポパイ」の挿入歌としても名高い「水夫の踊り」など、多くの俗謡の断片がユーモラスに、また時に感動を帯びつつ歌い継がれていく。
 最終楽章「復活伝道集会」は、ほぼ全面的に賛美歌<Nettleton>(“Come, Thou Fount of Every Blessing”)に基づいている。ゆったりとしたラルゴのテンポで、賛美歌冒頭のモティーフが散りばめられた内省的な導入部に始まり、次に賛美歌の旋律全体がピアノとヴァイオリンによって示されるが、極めてゆっくりと歌われる賛美歌前半部は複調の響きやカノンによって、また速度を少し増す賛美歌後半部は振り子の揺れのような背景和音と旋律のヘミオラ的関係によって、何れも独特の不可思議な印象を抱かせるものとなっている。その後一転してテンポが上がり、ピアノのアルペジオに乗って音楽は次第に熱を帯びて行く。やがて教会の鐘のように鳴り響くピアノの長大な保続和音の上で、賛美歌が朗々と歌われる圧倒的なクライマックスに達するが、最後にはまた速度を落とし、賛美歌のワンフレーズを静かに回想して終結する。

◇ 第3番
 1914年の秋に完成された第3番は、4曲の中でもっとも長大なソナタであり、ニューイングランドで1870年代から80年代に頻繁に開かれたCamp Meetings の「宗教的というよりも騒々しい雰囲気の中にある熱気を伝えるもの」というプログラムをアイヴズ自身が提示している。第1 楽章と第3楽章はいずれも1901年頃に書いたオルガン前奏曲に由来するようであるが、構造的に大きく改作されているようだ。
 最も規模の大きい第1楽章は、作曲者自身によって、連続して奏される4つのVerse(詩節) に分けられている。各Verseは何れも、4度和声の上行アルペジオに乗って歌われる憂いを帯びた同一の旋律(主題)によって始まるが、出現の度にそのテンポや拍子、リズムなどが変化していくのが興味深い。因みにこの主題部分の調性は、Verse IのみがD♭(C♯) minorで、Verse II 〜IVはB♭minorに統一されている。一方、各Verseの終わりには、やわらかな音調で救いを感じさせるメロディによるリフレインが置かれているが、こちらはVerse IIのみがE♭Majorで、他の3つはB♭Majorに統一されている。そして各Verse 冒頭の主題旋律とリフレインの間では、主題の各要素をそれぞれの仕方で受け継ぎ、自由なインスピレーションの下に発展させた音楽が紡がれていく。そうした意味においてこの楽章は、形式においては広義の変奏曲に通じ、楽想の展開においては幻想曲を思わせるものとなっている。長い楽章であるが、アイヴズの書いた音に身を委ねて聴くと、その豊かな世界が見えてくるかもしれない。
 第2楽章は、作品全体に先んじて1904年ごろに書かれたラグタイム。サミュエル・バーバーやウォルター・ピストンなど、後のアメリカ・ネオロマンティズムの作品を彷彿とさせるような、ミステリアスでJazzyなピアノの音型で始まる。この楽章ではこの冒頭のソロから最後に至るまで、倦むことのないピアノの16分音符による無窮動が支配的となり音楽を先導しつつ、そこに数多くの引用がちりばめられて目まぐるしくも力強い舞曲が展開される。野外集会の熱気そのもののような音楽である。
 第3楽章は、アイヴズが「自由な幻想曲」(free fantasia)と呼ぶ、複雑で壮大な緩徐楽章である。ピアノの内省的なソロで始まるが、ここには、(1)冒頭で対位法的に導入される、同音反復に始まり下降するモティーフ、(2)音階状の下降運動を繰り返すモティーフ、(3)第1楽章のVerse IIやIVで歌われた美しいメロディの断片、(4)第2楽章由来だがテンポを大幅に落として奏される無窮動の上昇モティーフ、(5)冒頭のモティーフ同様同音反復に始まり、訴えかけるようなジェスチャーを繰り返すモティーフという、この楽章を構成する5つの音楽素材の全てが凝縮して詰め込まれている。その後ヴァイオリンも加わって響きは厚みを得、途中2度のピアノのソロを挟みながら、音楽は上記5つのモティーフを緊密に展開していく。そして幾度となく高みを目指して高揚を繰り返すうちに、次第に内的な明朗さを増してくる。圧巻は、ピアノの低音による属音持続音群の上でベートーヴェンやブルックナーにもひけを取らない息の長いクレッシェンドを作り上げ、その頂点で一気にトニックに解決する最終部分であろう。最後は清澄な光に満ちたB♭Majorの響きの中に静かに消えていく。この3楽章では、野外集会の熱気そのものよりも、その底流にあるピューリタン的な清浄な世界が描かれていると言えよう。

◇ 第4番
 第4番は「野外伝道集会の子供の日」という題名がついている。19世紀後半のアメリカでは、人口が分散していたこともあり、夏になるとニューイングランド各地で伝道集会が開かれ、住民の宗教的なアイデンティティを維持していた。各地から集まった人々はキャンプで夏を過ごし、宗教的な講話を聞いたり、親密な交流を図ったりしていたようである。子供達にとってみれば、ワクワクする夏の体験だったことであろう。この作品では、そうした夏の野外伝道集会における子供のための礼拝の情景を「描写し、回想し、表現する」とアイヴズ自身が説明している。4曲中でもっとも短く、また親しみやすい曲かもしれない。4つのソナタの最後を飾る曲であるが、いい意味で余分な力の抜けた曲である。賛美歌などの引用も多く、アイヴズらしい音楽であるといえよう。
 第1楽章は、ある時の野外伝道集会における少年たちの行進の様子や、時に調子外れな賛美歌の歌声、オルガンの練習光景といった実際の微笑ましいエピソードに結びついているという。この4番ソナタは、作曲当時11歳だった甥のモス・ホワイト・アイヴズのヴァイオリンによる演奏を考えて作曲されたというが、そうした意図もよく窺えるシンプルな楽器法によって書かれ、素朴な味わいをもった楽章である。冒頭でヴァイオリンによって奏される、少年たちの可愛らしい行進を想起させるような明るいB♭Majorの主要主題と、少し後でピアノが奏でる、流れるような副次主題を軸に曲は進むが、その二つに加えて、伝道集会で歌われていたというローウェル・メイソン作の賛美歌<Work for The Night is Coming>の引用が、そこかしこに顔を出す。終盤、これら3つの旋律が互いに重なり合いつつ主調のB♭Majorで高らかに再現した後、最後は冒頭と同じピアノの素朴な伴奏の上で二つの主題を短く回想し、遠ざかるように消えていく。これらの旋律はいずれも素材自体としてはごくシンプルなものだが、アイヴズならではの音楽語法により変容し、歪み、捻じれ、聴くものを最後まで飽きさせない魅力を保っている。
 第2楽章のラルゴは、一転して夢見がちな子供の世界に私たちを誘う。無拍節で書かれた、たゆたうような音楽で始まるが、しばしばその中に古くから伝わる子どもの賛美歌〈Yes, Jesus Loves Me〉の一節が顔を出す。4度和声や白鍵のクラスターなども効果的に用いつつ、流動的でアンフォルメルな筆致で書かれているピアノの伴奏部には、アイヴズによれば、樹々の間を吹き抜ける西風や小川のせせらぎ、夕闇迫る中で牛や羊の群れを追う牧人の遠くからの呼び声といった、夏の野外を彩る様々な音風景が織り込まれているとのこと。途中、突然アレグロに転じ、4音モティーフを緊密に展開するピアノの激しいソロが始まる様は、子どもの夢幻の世界にいきなり恐竜や怪物が出現したかのようであるが、実は静けさにつつまれた礼拝で突然熱を帯びる牧師の説教や、それによって引き起こされた子供たちの興奮を描いているらしい。その後、音楽には何事もなかったかのように穏やかさが戻り、D Major、A Major、E Majorと調性を穏やかに転じつつ、また速度と音量を段階的に落としながら賛美歌後半のフレーズ全体が三たび歌われる。そして最後には「アーメン」も付け加えられて楽章を終える。誰もが一度は経験したことのあるような、夏の、子供の日々の情景。
 最終楽章では、日本では酷い替え歌で有名になっているロバート・ローリー作の賛美歌<Gather at the River>が、多少Jazzyな色調を加えられて全面的に引用され、楽曲の下敷きとなっている。アイヴズ自身は、第1楽章が少年たちの行進だとすれば、この第3 楽章では老いたものも少年たちの行進に加わり、賛美歌を無頓着に歌う光景だと説明しているが、その彼に、日本でのこの替え歌の内容を話したら大笑いしたかもしれない。後半、賛美歌全体がヴァイオリンで歌われた直後の曲の閉じ方も実に素っ気なく、中途半端な終わり方にも見えるが、他方でアイヴズらしいユーモアも感じられる。この4番ソナタの重心は第2楽章であり、第1楽章と第3楽章は、その前後にシンメトリーに配置されたプロローグとエピローグのようなものではないだろうか。なお、この賛美歌が歌われる楽章後半を歌詞付きでお聴きになりたい方は、アイヴズ編曲による歌曲〈At the river〉 をお楽しみください。


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